
突然ですが、ウィニコットという精神分析家の話をさせてください。
彼は小児科医としての経験もあり、診察室での子どもと母親の関係の観察から、「対象としての母親」と「環境としての母親」という概念を提唱します。
「対象としての母親」は、1人のお母さんの姿のことです。私の話で恐縮ですが、私の母親は駐車がうまくいくと毎回自分で自分を褒めます。バレーボールが好きです。映画も好きです。
こんな風に、自分の母を思い出すときに、あなたは「対象としての母親」を意識しています。
対して、「環境としての母親」というのは、子どもの洗濯物をきれいに畳んでタンスに入れておくとか、毎日のお弁当を用意するとか、体操服にワッペンが縫われてあるとか、そういう子どもの生育環境を整える機能としての母親のことを指します。
「環境としての母親」の面白い点は、普段は全然気づかれなくて、失敗したときにだけ気づかれる点です。
「お母さん、今日お弁当にお箸入ってなかった」
「体操服、まだ乾いてないの?」
こういう場面で意識されるのが「対象としての母親」です。いってしまえば、普段されている育児や家事のことです。
少し長い前置きになりましたが、『聞く技術 聞かれる技術』(東畑開人著)では、これを聞くことに解釈を広げています。少し引用します。
ながながとウィニコットの話をしてきたのは、普段の「聞く」がこの「環境としての母親」とよく似ているからです。
「聞く」は、日常ではほどよくうまくいっています。僕らはそれなりに人の話を聞けている。だから、普段は聞いていることを感謝されることもないし、自分でもちゃんと聞けていることに気づきません。こういうとき、「環境としての聞く」が機能している。誰かに「本当に聞けていますか?」と問われてもビビってはいけません。大体は聞けているんです。自分に厳しくなりすぎても、ロクなことがありません。神経質になってしまって、余計に聞けなくなってしまう。だから自信を持ってください。
でも、やっぱり日頃の育児や家事と同じく、「聞く」にも失敗するときがあります。
「どうして聞いてくれないの」
「どうしてわかってくれないの」
こんなこと言われたら大ピンチです。ちょっと前まで楽しく食事をしていても、一気に緊張が走ります。
では、どのように「聞く」を回復させるのか。『聞く技術 聞かれる技術』(東畑開人著)では、回復のきっかけを孤独に求めます。この本、とても良い本ですので、よければ一度手にとってみてください。
2月22日(土)に開催する、子どものこころに雨が降りそうなときの心理学講座では、今回の引用部分の続きをじっくり解説します。
講座で話す予定のトピック
・何よりも大切なのは見立て(アセスメント)
・見立て(アセスメント)するためには、聞くことから
・でも聞くことって難しい。聞くことの難しさを孤独から考える
・小手先の聞く技術と聞いてもらう技術 『聞く技術聞いてもらう技術』(東畑開人著)を参考に
(この辺りで休憩入れます)
・見立てに生かすための補助線
補助線1:アンビバレント
補助線2:自己肯定できない時の自己認識について
・雨が降っているときの心に傘をさすための指針
指針1:自己ー心ー世界モデル 『カウンセリングとは何か』(東畑開人著)より
指針2:モデルに則った割とありふれた介入の方法
・質問タイム
